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10年後の俺なんて分かってたまるか! 
2008.02.27.Wed / 17:23 
  • ここ半年、学生二人と友達になった


  • 一人は、体育会系の先輩との付き合いになれている学生:A君

    一人は、文科系で、俺と同じ大学の学生。ずっとドラムをやってきた: B君

    日曜日にやっていた英語のクラスの授業で知り合った

    二人とも、一年間だけの語学留学で来ている。


  • 仲良くなったことで、


  • 彼らの就職活動を少し手伝った

    と言っても、いくつか志望動機や、自己PR を見てあげただけ

    その中に、以下のようなお題があった。

    "この業界への志望動機と、10年後に何をしていたいか、君の Vision を書きなさい”

    良い質問だと思うし、よくある質問やと思う

    この質問に対して、B 君が言ったこと。

    ”行く職種も決まってないのに、10年後なんて分かるかぁ!!!”


    ”どうやったら、十年後なんて分かるんですか?”


  • この言葉に、どきっとした


  • なぜなら、俺も同じような事を、就職活動の時に、思った覚えがあるから。

    この質問に対する直接の答えは無いと思う。

    未来をどうやったら分かるのか。そんなの、俺が知りたい。


  • 私が、B君に対して書いた解答


  • ”10年後の俺なんて、わからねぇよ!”

    この言葉をずっと考えていました。何故なら、私も、同じように思うからです。

    特に、B君は、今から、大きく変化していく年齢です。10年後が見えて、たまるか!

    その気持ち、すごく分かります。

    これに対して、直接の答えは無いです。

    どうやったら、10年後が分かるのか。

    その答えは、無いですが、

    私が思うところの、真実をお伝えします。


    10年後を見通せている奴の10年後と、見通せてない奴の10年後は、成長に大きな開きが出る


    大した事なかった奴でも、現実的で、しっかりとした目標を持った奴が成長し、

    優れた奴でも、自分の目標が見つけられなくて、成長が遅れた。

    そんなのを何人も見てきたんだよ。

    逆説的ではありますが、この事を肝に銘じて、”10年後の俺”という命題に取り組んでみては、いかがでしょうか。

    だから、是非、無理だ!と諦めずに、自分が何をしたいのか、考えてみてください。


  • 学生君と話をするのは、非常に面白いし勉強になる。


  • 特に就職活動中の学生と話をすると、考えさせられる。

    そして、今の自分にもあてはめて考えてみようと思える。

    さて、私は、10年後にどうなってたいのか。改めて、考えてみるとするかな(^^;)



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  • 映画三昧の休日 
    2008.02.25.Mon / 17:56 
  • 本当は、この休日に試験があったんやけど。。。


  • 諸般の事情により、延期。

    そのため、この週末は、何もすることが無かった。

    のんびりと、映画とドラマを見てた

    JFK

    この映画を見るのは、2回目。難しい映画や。人間関係を理解するのに精一杯。

    でも、最後の演説は、感動する。リンカーンの演説を引用しながら、

    正しいことが言えない国家で、貴方達の子供を育てたいのか!

    私が知りたいのは、真実だけだ!

    ええ、言葉やと思う。


    300

    この映画は、昔のバージョンと、最近のバージョンと二つある。

    昔のバージョンは、先月見た。で、今日、最近のバージョンを見た。

    この映画は、俺に、ある種、衝撃を与えた。

    西洋の文化に、

    人の死が美しい。

    人の死が後の世に影響を与える

    っていう概念があることを始めて知った。

    ”死を持って、メッセージを伝える”という事が意味を成す文化だとは知らなかった

    そういう意味では、非常にセンセーショナルな映画やった。

    Imortal は、ちょっと、Lord Of The Rings の影響を受けすぎ?(^^;)


  • Hero 映画版


  • 今更、なんの映画を!と思うかもしれないけれども、ずっと見たかった

    Hero ええなぁ。面白いし、強いメッセージがあるし。

    シンプルで、分かりやすい映画やのに、なんか、また、頑張ろう!っていう気持ちが沸いてきた

    木村拓也の演技がよーく光ってる気がした


  • 怪人20面相 対 明智小五郎

    TBS が、何周年記念かでやった、たけしと田村正和の奴

    ちゃんと、江戸川乱歩の話を、読む、見るしたのが、久しぶりやったので、新鮮やった

    今から、思うと、トリック自体は、ちゃっちぃけど、ストーリーがしっかりしてる

    満州から始まる時代背景と、因縁関係がよぉ出来てるんやなぁ。だからおもろいんやなぁ。。



  • 亡国のイージス


  • この映画、正直、よく分からなかった。

    ”国を思う”っていう事の指している概念がはっきりしなかった。

    だから、何故に、副官が、北朝鮮?の人達と手を結んだのか、全然はっきりしない

    そのまま、いろいろな事件が起こって、最後にイージス艦が大爆発。。。

    映画なら、もう少し、はっきりしたメッセージがあっても良かったんじゃない?

    なーーんてね、戦争映画?にしては、詰まらな過ぎた。。。。


  • 星に願いを


  • 懐かしい!懐かしすぎる映画でしょ?皆さんにとっては、もう。。。

    でも、今更ながら見てみた。

    感想は、竹内結子、可愛いなぁ。正直、それだけ。

    でも、自分が3日後に死ぬとしたら、誰に何を伝えるだろう?という事を考えさせられた。


  • それでも、僕はやっていない


  • これ、重たすぎる映画や。でも、人事やない映画や。

    いつ、俺が、何かの事件に巻き込まれて、冤罪にされるか分からん。

    相手からしたら、こいつ、やっておいて、

    何をしらばっくれてんねん!って思いながら話を進めてきたりするんやろうな。

    ほんまに、怖い話やで。

    今の時代は、女性にだけでなく、男性にとっても、満員電車怖いやんけ!


  • 格言う、俺も、大学時代に、痴漢に間違えられたことがある


  • その日、大阪から帰ってきた次の日で、紙袋一杯のお土産を持っていた

    それが、どうも、あたっていたらしい。。。。

    で、俺のその手が、上に上がっていって、

    ”この手の人、痴漢です!!!”やって!!!


    おいおい、こんな、重たい、紙袋、持ちながら、痴漢できるかぁ!

    お前も、今、あげんのん大変やったやろう!?

    って思ったけど、それ以上に!!!


    その女性は、50前後のおばさんやった。

    横をみたら、25歳ぐらいの綺麗な女性が居た。

    で、俺、思わず、叫んでた

    ”お前を触るぐらいやったら、俺、こっちの綺麗な女性触るわ!!!ぼけ!!!”

    ”鏡を見て、出直して来い!”

    まだ、若かったので、暴言、ごめんなさい!ですが。。。

    そしたら、電車の中の、皆が、”うんうん!”っていう雰囲気になって。。。

    そのおばさん、次の駅で、恥ずかしそうに出て行った(^^)

    それで、その場は、収まったんやけど。。。


    その後、その残された、25歳ぐらいの女性が、

    俺に痴漢されるんじゃないかって、不安そうやった。

    しません!!!って。あれは、その。。。言葉のあやでんがな(^^)


  • 無事に終わったから、笑って話せるけど


  • あのまま、裁判されてたかもしれん。一歩間違うと。。

    そんなエピソードを思い出した映画やった。


    なんのこっちゃ。お後がよろしいようで。。。(^^;)



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  • 引越し 
    2008.02.17.Sun / 04:44 
  • 俺は、全部の荷物を日本から持ってきた


  • 理由は。。。

    会社が全部、引越し代を出してくれる

    日本においておく場所が無かった


    そのせいで、俺の家は荷物であふれてる

    本の虫の俺の本、本、本。。。。

    日本に居た時は、大好きだったワインを保存しておくワインセラー

    ベッド、ソファー、時代遅れの馬鹿でかいテレビ


  • これらを全部運ぶのは、大変な作業


  • 荷造りを始めてから、2日ぐらいは、本当に引越しできるのか、

    不安で不安で仕方なかった

    でも、結局、終わった!!!!

    これもひとえに、後輩と、会社の先輩ご夫婦のお手伝いのおかげ!!!

    本当にお世話になりました。


  • でも、もう二度と、引越しはしたくない


  • 万が一、しなければいけない時は、業者に頼む。

    引越しの準備をしだしてから、会社の同僚に、そういう業者がある事を聞いた

    なんでかしらんけど、アメリカでは引越しは自分でする物と思い込んでた。

    でも、ちゃーーーんと、日本のように、引越しの業者が存在する

    俺が教えてもらった時には、もう遅かった。

    そんな短時間では、請け負うことが出来ません!って言われた。。。


    もっと、早くに知ってれば良かった。

    でも、次する時は、絶対にお願いする!!!


  • ダイエットには良いかもしれないけどなぁ。。。


  • 腰、太もも、腕、全部が、気持ちいいぐらいに筋肉痛やわ(^^)


    しばらくは、ダンボールに囲まれての生活になるけどね。


  • 学んだこと


  • ダンボールは、Moving Box という。

    ダンボールは、Home Depot でも手に入れられるけど、

    トラックのレンタルをしている Gadget とかでも、セットで売っている

    このダンボールの値段が結構馬鹿にならん

    一つ、小さいのでも200円ぐらいする。

    セットで買ったら、ちょっとは安くついたかも。



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  • ロシアの人達とのスキー 
    2008.02.09.Sat / 13:22 
  • この日、Mt.Cristal に行ってきた


  • このスキー場は、ワシントン州最大とよく言われるスキー場


    Mt Christal 2



    さらに、この日は、このスキー場以外全部、雪が多すぎるという事で閉じられていた

    そのせいで、めちゃくちゃ混んでた。

    リフトに乗るのに10分ぐらいは、待った。

    そして、滑るところは、スキーヤーとスノーボーダーで一杯

    Mt Cristal


    さらには、こちらの人達は、怖いものを知らない。

    とりあえず、スピードを出すだけ出して、止まれなかったら、その時考える


    恐ろしい!!!

    頼むから、近寄らないで欲しい

    そんな思いで、ずっと滑ってた


  • さらに、同行の人達も、俺にとっては辛かった


  • ロシアからの人達なのに、全然上手くない

    上手くないのに、深雪に行きたがる。

    それに俺は付いていかなければいけない。

    俺のボードは、深雪では、とんと弱い

    短くて、細くて、立ってても、ずぶずぶ入っていく


    で、皆も、どんどん深みにはまって行く

    スキーなんかしてへん。登山をしているようや。


    ああ、何が面白いねん?


    でも、決まって、彼らは、こう言う。


    It's so FUN!


    何がやねん???


  • 帰りに面白いことを聞いた


  • 彼らは、この国に居ることになじんでないということ

    一人は、もう、どこか違うところに行きたい!

    って、叫んでた

    ああ、どんな国の人でも、こういう感情ってあるんや。

    ここは、俺の所属するべき場所ではない!という感情


  • 俺が思うに、彼らは、特別 エゴが強い


  • 人に何かを指摘されるのを特別嫌う民族

    でも、人の間違いは、ばんばん指摘する

    何か、間違ってないか?って思うけど、

    そんな中で、なんとなく調和が取れている

    お互いに、相手の欠点を指摘しあうことで、場が和む

    俺にとっては、考えられない調和。

    そんな人達。


  • そういう人達にとって、


  • 義務教育レベルの事も分からない他の国で暮らすのは

    大変な事やと思うわ。

    だって、指摘のしあいでは、絶対に Native に勝てないから

    でも、自分の国に帰りたくても、あまりの経済状態の悪さに帰れない

    複雑な気持ちやろうなぁ。。。


  • ロシアの政治は、バーニャで決まるという話


  • ロシアには、バーニャというサウナがある

    多分、皆も見たことがあると思うんやけど、

    サウナの中で、草でばしばしたたく奴

    ロシアの偉いさん達は、そこで重要事項を話し合うそうだ

    日本で言うと、料亭か、銀座のクラブなのかな?


  • ロシアが崩壊した時、国営の企業は


  • 全部、そういうバーニャで、マフィア達が話し合い

    お互いの取り分を決めたらしい

    その末には、もちろん、戦争のような殺し合いも沢山あったらしい

    かすかに聞いたことはあったけども、

    生でロシアの人に聞くと、信憑性がある。

    ほんまの話やったんやね。


    慣れない深雪ばっかり一日行ったせいで、めちゃくちゃ疲れた

    あまり、彼らと一緒には行きたくないなぁ。。もう (^^;)




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  • えらそうにする奴 
    2008.02.08.Fri / 16:55 
  • 最近、思うこと


  • 偉そうにする奴にろくな奴はおらん。

    上司だろうが、同僚だろうが、友達やろうが、

    偉そうにする奴ってのは、だいたいどうしようも無い

    俺自身も気をつけないとなぁと人を見ていて思う


  • 本当に出来る人ほど、相手のいう事をちゃんと聞


  • 今、会社である一つの事を決めかねている。

    俺自身は、いろんな理由で、A という判断が正しいと思っている

    しかし、ある奴は、B という判断が正しいと思ってる。

    この事自体意見の違いで、全然問題ない。

    ただ、この議論の進め方が気に食わない

    こちらのいう事は一切、聞かずに、ただ、B が正しいんだの一点張り

    そんな奴には、俺だって、A が正しいんだ!の一点張りになるしかない。

    もう、子供の喧嘩になる。

    アメリカに来て、二年。これが二回目のこんな泥沼。

    馬鹿との喧嘩は、はたから見てたらどっちが馬鹿か分からん

    だから、放っておいたら、エスカレーションをかけられた


  • これがめんどくさい


  • 話の内容は、ごくごく専門的な話。

    そこに、えらいさん達を巻き込むというのがエスカレーション

    中身を分かっていない偉いさんに一から全部説明しないといけない

    まぁ、その事自体は、良い機会やからええとしても。。。

    喧嘩腰でくってかかってくる奴に、皆の前で議論を交わすのは、

    本当に疲れる。

    さらにこれが、当然英語での議論やから、もうたまったもんやない。

    あちらは、Native で、どんどんどんどん話を摩り替えて、

    自分の思うように持っていこうとする。

    それに一個一個反論し、自分の意見が正しい理由を述べていく

    たったの30分で、どーっと疲れる


  • 普段は、こんな事は滅多に無い


  • 皆、大人で、かしこい人達なので、一つ一つ丁寧に、

    要因を並べて、話が決まっていく

    こういうのは、ほんまに面白いし、頭も冴える

    そういう人達の間では、俺みたいな奴でも印象が良い

    だって、ゆっくり考えて話が出来るから。


  • 最初から、戦う!っていう時は、頭も”いらだち”が先に来て、


  • 建設的な考えが全然出てこない。

    そんな、戦いが、来週ある。ああ、嫌やなぁ。

    でも、それも仕事の一つ、嫌では前に進まんから、

    一つ一つ相手の意見をつぶしていく用意をする。

    もしくは、俺の言っていることが、本当に正しいのか、

    もう一度、全部を見直す。


  • やってる作業は普段と変わらんのに


  • 相手によってこんなにも気分が違うものかとびっくりするわ。

    こういう事は、きっと世界中のどこでもあるんやろうなぁ。

    日本の上司でも、偉くないといけないという変な思い込みがある人おるやん?(^^)

    もう、必死やん?笑ってまうぐらいに。

    なんとかして、自分は悪くない!

    自分が常に部下に物を教えている!

    という態度を見せ続けたいというのがありありと出てる人おるやん?

    そんな人と話をする時は、同じような思いをする事もあったし。


    偉そうにする奴にろくな奴はおらん。


    今週も、後、一日、頑張るか!


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  • 俺の人生 
    2008.02.07.Thu / 18:03 
  • 商売人の一人息子として、堺で生まれる

  • 近くにおじいちゃんも住んでて、よく大和川に連れて行ってもらった
    田舎は広島の福山で、夏休みには、よく潜水島に海水浴に行った
    すんごーーい、おじいちゃん子やった。

  • 小学校での習い物

  • 絵 あまり覚えてないけど、何回かは行った
    水泳 多分、小学校の間ずっと通ってた。雪で電車が動かない時も、お袋が自転車で連れて行ってくれた。(その距離、10駅ぐらい!!!)
    ボーイスカウト ただの訓練やった。キャンプも、スキーも、ここで学んだけど、何一つ楽しくなかった。ただ、訓練訓練の積み重ねやった。
    書道 面白くなかった。何をやってるのか、全然わかってなかった。おじいさん先生の黒いひじ巻きだけが印象に残ってる。


  • 小学校五年の時に、松原君という友達が出来て、いっつも一緒に漫画を読んでいた。

  • その松原君が塾に通っているからという理由で、熟に通い始めた。

    小学校六年の時に、松原君と同じ大阪トップの中学校を受けたかったけど、到底無理!と言われて、諦めた。
    その中学校に入る春休み、お袋つきっきりで、算数のお勉強。後で思うとこの時に勉強の仕方を覚えた気がする

  • 中学校

  • お受験を諦めた俺は、普通の地域の公立中学校に行く。
    部活は、水泳部に入る。400m フリーの選手。最高順位は、大阪府大会8位と微妙な記録。(^^;)
    1年から、2年の3学期までいじめられる。理由は、なんだったんだろうか。よく分からない。ただ、面白くなかったなぁ。

    習い事は、引き続き、ボーイスカウトと塾
    途中で、なんとなく、英語の公文に通う。ずーっとおしゃべりしてた


  • 中学校2年の3学期に、いじめっこに殴りかかる。皆の前で、先生が止めるのも聞かず、ひたすらなぐり続けた。その帰り、そのいじめっこと仲良くなる。

  • いじめられっこが一転、不良の集団に入る。不良と言っても、まぁ、大阪の田舎やから、大したことあらへんけど。。。


  • その頃から、何故か、トップ校に行きたくて行きたくて仕方が無かった。

  • 滅茶苦茶勉強した。夜中の3時まで毎日勉強してた。その甲斐あって、中学校2年3学期から、3年の最後まで、実力試験(懐かしい!この響き)は、常に学年1位、定期試験は、常に3位。業者試験といわれる一度の秋の試験では、学区内でも一位だった。
    今思うとおかしいんだけど、何故か偏差値という概念がうちの学校には無かった。だから、友人と比べる時、先生が何か優秀な人の話をする時には、平均点で話をした。どないでっしゃろがトップで、平均点96.5でした!ってな具合に(^^)

    中学校二年の3学期までが、平均点80ぐらいだったのが、二年の3学期から、常に平均点94点以上だった。

  • そして、大阪二位の私学と併願して、トップの公立校に入った。

  • 二位の私学を受けた時、あまりの出来なさにショックで、3日間ソファーにうずくまって泣き続け、自信喪失。
    このショックで、大阪トップの私立に行こうかと考えていたんだけども、受けるのを止めた。
     ふたをあけたら、二位の私学には、通ってた。そして、自信満々で公立のトップを受けて、合格。


  •  高校は、ラグビー部に入った。でも、辞めた。

  • なんかよく分からんけど、自転車で転んで骨折して、それが理由で辞めた。今、思うと、ずーーっとやってたら良かった。大学でもやりたかった。あの自転車の骨折はなんだったんだろう?その時に、どんな論理か分からないけど、思い立って辞めた。

    その後は、ひたすら勉強ずくしな訳もなく。。。仲良くなった友人とずーーっと X1 という Sharp のよく出来たパソコンで、信長の野望と三国志というゲームをやってた。ほんまにずーーっとやってた。まぁ、今で言う完全な”おたく”やね。

    それ以外は、中学校時代の友人とよく遊んだ。あまりここに書けない様な事もした。でも、最高のツレ達に囲まれて、ずーーっと笑ってた。まぁ、尾崎豊とビーバップにあこがれて、真剣に大阪の裏を歩いてた俺の一面やね。

  • 後、思い出というと、

  • 2年の文化祭で、クラスが、ウェストサイドストーリーのミュージカルをやった。その配役を決める時、クラスに居なかった俺は、なぜかバーテンダーの役が決まってた。嘘やろう??? 恥はかきたくない。でも目立ちたい。そんな俺がここにいた。毎晩、映画を見て、バーテンダーの動きをマスターして、滅茶苦茶練習した。クラスの皆で集まってる練習には参加せずに、家でひそかに練習してた。そんな奴やった。
     で、当然、クラスメートから怒られる。でも、関係あらへん。ってなもんで、ずーっと無視してた。文化祭一週間前に、女の子にビンタされる。泣きながら。。。”なんで、こえへんのよぉ!ちゃんと皆で、練習しようよぉ!”やって。これには、参った。皆の前で、こんな事されたら、しゃあない。そして、初の合同練習。次の日の先生の言葉。”どないでっしゃろの演技は光ってた。びっくりした”だそうや。さらに本番当日は、聴衆が握手を列をなしてならぶぐらいに大受けやった。高校時代は、一事が万事こんな感じやった。めっちゃ勉強してきた癖に、全然でけへんかった!って言うタイプ。嫌な奴やわ!

  • そんな俺でも、高校時代2回恋をした。

  • 一人は、中学2年生まで東京にいたというかわいらしい子。おたくの悪ガキが、柄にも無く震えながら電話をして、”好きです”なーんて青春やね。もちろん、応えは、”ごめんなさい”。あはは。でも、すっごい好きで好きで、この娘の事を思って、詩集が三冊出来た位。これ、ほんまの話。今でも、原稿用紙三冊家にある。”初恋の哀歌”なんて、タイトルが付いてる(^^)

    二人目が、電車の中でロマンチックな恋。夏の暑い満員電車で、ぼとぼとと汗を流している俺の額を、いきなりハンカチで拭いてくれた。そんなびっくりするような出会いで始まった恋。デートという物も初めてした。相手は、二つ上の女子大生。うん。今思っても、ロマンチックな一時やった。


  • 迎えた大学受験。

  • 担任にも太鼓判を押され、模試でも余裕で第一志望に通ると出てたので、第一志望と第二志望しか受けなかった。そしたら、両方とも落ちた。この動揺は、半端や無い。ええ?なんでなんで???担任の”太鼓判”ってなんなんや!!!と大騒ぎするも、後期は興味あるところが無く、一浪を決定。

    一浪時代は、なんだか楽しかった。こんな事言うと怒られるけど、楽しかった。同じ高校の奴らが一杯いて、皆でわいわい言いながら勉強してた。(^^)

    そして、迎えた一浪受験。現役の時の二の舞を踏まない!と勢い込んで、8つ受ける。東京の三大学五学部と神戸の一大学三学部。計8回受けた。結果、第四志望から、第八志望に合格。結局、第一志望の大学には縁が無かった。今思っても、あれは、不思議で仕方が無い。偏差値で言うと、通った大学よりも低い。まぁ、科目が多いというのはあるけども。それでも、何か因縁のような物を感じた。第四志望の大学は、親父にお前は、その大学の顔じゃないと言われ、なんとなく妙に納得し、結果第五志望の大学に行く事に。こうやって改めて書くと、俺の大学受験、失敗やなぁ。。。もっと頑張れば良かった。もっと頑張れた気もする。

  • 東京に旅立つ前の日に親父と酒を飲んだ。

  • 正直、この時の俺は、家が嫌いだった。いろんな事があってね。東京に行くというのも、家出の意味合いが強かった。この時の俺にとって、家を出る為には、大阪を出なくては行けないと思ってた。その大阪を出る為には、関西には無いような、関西にある大学でええやん?って言われないような、東京の大学に通るしか方法が無いと思ってた。そういう意味では、第五志望ではあったけども、無事、胸を張って、家出を出来る事が出来た。
     こんな具合やったから、親父とまともに向き合うのは久しぶりやった。その親父が言った言葉を今でも忘れられない。

     どないでっしゃろ。お前の時代は、何がどうなるかわからん。でもな、
     1.友人を大事にしろ
     2.英語を話せるのは基本だ
     3.中国の時代が来るだろう。目を離すな
     4.コンピュータの時代が来ている。たしなんでおけ
     5.専門の分野を一つ持て。お前の選んだ学部を生涯の専門と心得よ

    この5個が今までの所、俺のバイブルになってる。

     正直、その時は、何ぬかしてけつかんねん!って思いながら聞いてたと思うんやけど、でも、ちゃんと記憶に残ってる。
     そして、それを追いかけて、この後の17年間をやってきている気がする。3と5が、まだ不十分やけど。。。

     これが、東京に出る時に印象深かった出来事やな。


  •  大学時代は。。。もうパラダイス!!!

  • 人生で最高の時やったと思う。まず、アメフト部に入部しに行く。100人ぐらいの(もっといたかなぁ。。。)前で、クォーターバックになりたいです!って言ったら、皆、マジな顔で、怒ってた。そして、キャプテンらしき人に、まじで殴られた。あ、ここが東京やっちゅうの忘れとった。洒落がつうじひん。そして、その日に退部(^^;)

     その後は、県人会、バイト、授業、のんびりっていう生活を9ヶ月ぐらい続けた。その間に、生まれて始めて、海外に行った。その行き先がインド。今思っても、なんでやねん?って思うけど、海外旅行が嫌いになった。この後、卒業旅行まで、一切海外に行かなかった。(^^)

  • 半年後に、俺の人生の中で(今考えても)一番の天才に出会う。

  • 同じ大学の数学科の友人。こいつと出会って大学生活が大きく変わった。ずーーっと一緒におった。何をする訳でも無く、ずーーっと一緒におった。というか、俺がそいつの家に転がりこんで、ゲームしたり、どうでも良いたわいも無い話をしたり。。。で、一年が終わった。


     そして、関西から友人が一人、同じ大学の文学部に入学。この友人の説明はややこしい。精一杯、簡単に言うと、高校時代の友達の紹介で、浪人時代に出会った奴が、仮面浪人をしていた大学で出会った友達がこいつで、俺が、大学一年の時に、大阪に帰った時に紹介された。ややこしい。(^^)
     でも、こいつが、俺の生涯の友達になるというのも、これまた、面白い。で、さっきでた数学科の奴とこいつとでずーーーーーーーっと飯を食ってた(^^)。なんかよう分からんけど、びっくりドンキーとかガストとかに行った覚えしかない。

  • そんな時に車を買った。

  • その車がレビン 92 GTZ という車で、峠を攻めるのに最高の車やった。暇があったら、箱根、青梅、いろは坂、狭山に行って、ぶんぶん走ってた。

     自慢やないけど、一年、二年は、中国語以外の勉強はほとんどせんかった。ただ、ひたすら車を走らせ、二人の友人と(時には、その友人達と)、季節によっては、スキーを楽しむ。そんな二年間やった。


  • 二年の後半に、誰が言い出したか、(多分、俺)、

  • 三人でサークルを作ろう!って事になった。うちの大学の暇人が考えそうな事。で、元々は、なんのサークルでもよかったんやけど、当時は、キャンプを楽しむというサークルが無かったので、キャンプのサークルになった。このサークルの最初が、適当な寄せ集めで、青梅でキャンプ。道具も、やすっちい物ばっかりで、どうしようも無かった。でも、この最初の一回で、俺が病みつき。なぜなら、あ!キャンプって楽しい!あれ?ボーイスカウトとちゃう!!!って思ったんやね。

     で、三年、四年は、サークルと研究室と県人会の部室での”だべり”とバイトしかしてなかった。相変わらず、授業には余り出なかった。

     このサークルが、皆の頑張りもあって、どんどん大きくなっていった。他の大学の人達も参加してくれたし、毎回の企画もどんどん練れて行ったように思う。幹部の三人が関西人という事もあって、関西方面からわざわざ参加してくれる事も多かった。

     キャンプは当たり前として、スキーに行ったり、釣りに行ったり、なんか、ほんまに楽しかった。で、目玉が、ラリーと俺らが呼んでいたもの。日本全国、地図上にポイントを置いて、車でオリエンテーリングをするという企画。北は青森から、南は四国まで、あちこちに3日か4日で走り回った。一回は、東京出発で、3日目に金沢で集合。そして、5日目に東京で集合して1位を決めるなんてのもやった。さらに3日目の集合地が四国の松山ってのもやった。今考えたら無茶苦茶や。誰も事故らんかったのが不思議。あまりの眠さにずっと逆走してたりとか、トイレ(大)を我慢し続けて、目が見えなくなって、大阪城公園のトイレで倒れた奴がいたりとか、金沢の目的地に皆集まって、食材を買い揃えたはええけど、鉄板も鍋もなくて、”入るな危険!”っていう看板で肉を焼いたりとか、もうやってることは、無茶苦茶やけど、当の本人達は、至福の極み。楽しいてしゃあなかった。

  • そんなこんなで楽しみすぎた結果、留年決定!

  • うちの大学は留年か退学した者が大物になるっていうジンクスがある!なんて励まされたりもしたけど、当の本人は、それどころやない。必死のぱっちで、奔走したけど、しゃあなかった。この五年の時は、よーく授業に出た。(当たり前か?)で、研究室にもせくせく通った。さらには大学の教授の紹介で、大学入試の時に第一志望やった大学の研究室にも通う事が出来た。この研究の時に、初めて本格的にコンピューターに触れた。大学三年の時に、マックに出会って、昔、俺らが触ってたのと全然違う GUI にびっくりしたけど、この研究の時が一番コンピューターに触れた。SAT とか言う統計のソフトがあって、これを使うのに、Unix のコマンドの勉強が必要で、それを理解するのにデータベースの勉強が必要で、インターネットが広がり始めた頃で、通信がどうしたこうしたとかの勉強も必要でと、専門の分野よりもコンピュータの勉強をしている時間の方が長かった。夜中にうちの理工学部の校舎に潜り込んで、Solaris をいじったりもしてた。

  • 就職活動も無事終わり、専門分野に近い会計事務所への就職が決まってた。

  • この時も、もっといろいろと名前の通った会社に決まってたのに、へそまがりな俺は、名も無い小さな会計事務所に行くことにした。さぁ、社会人かぁって思ってたら、なんと、4単位(1科目)足りない!!!この時ばかりは、本気で走り回った。教授の家に行ったり、教務課にかけあったり、でも、どうしようも無かった。二年留年決定!

     人生のどんぞこやった(気がしてた)あまり誰とも会いたくなくて、人生の敗北者になった気がしてた。二年留年した奴に未来は無い。そんな事ばっかり考えてた。一方で、だったら好きな事しーよう!ってな開き直りもあった。で、研究室、バイト、授業だけの毎日を送ってた。バイトは、友人からの紹介で、当時プロバイダの走りだったある会社でバイトをさしてもらってた。サポートコールのバイト。これが、自給1500円と当時としては破格。しかも、椅子に座って、ただ電話に出るだけという楽な仕事。この時、本格的に、Windows PC の使い方を覚えた。研究室で Unix、家で、Max、バイトで Windows なーんて結構コンピュータ三昧やったんやねぇ。。今思うと。

     で、就職活動は、あんのじょう上手くいかない。二留という烙印に、社会は、こうも冷たいのかと、初めて自分のした過ちが大きかった事を感じた。あ、でも、そんな事に関係の無い会社で行きたかった会社が二社あったんやけど、両方とも最終面接で落ちてもうた。でも、捨てる神あれば、拾う神ありとは、よく言ったもので、ある小さな総合商社に就職が決まった。

  • 四単位しか残ってなかったので、六年生の前半で卒業必要単位を取得し終わった。

  • この後、半年間どうしようかなぁなんて考えてたら、バイト先の先輩に、契約社員という制度がある事を教わって、登録してみた。で、紹介されたのが、ある外資系の会社で、そこに契約社員として雇われることになった。それから、半年は、ずーーっと仕事をしてた。土日に大学に行って、ちょこっと勉強してたりしたけど、生活スタイルは、なんら社会人と変わらなくなっていった。

     で、無事卒業!この時は、うれしかったなぁ!!!ほんまにうれしかった。卒業証書を見て、ああ、高い領収書やなぁとも思ったけど。卒業できた。

  • 卒業前に一人で海外旅行に行った。

  • 親父が、若いうちに、沢山、世界を見ておけ!と言って、旅行代を出してくれた。行ったのは、台湾、香港、上海。台湾では、喧嘩をして屋台をぶっつぶしたり、悪ガキどもと仲良くなって夜中の台中を暴走族よろしく叫びながら走りまわったり、高雄で、香港に向かう飛行機が無かったりと事件が事欠かなかった。香港では、ずっと、あなたどこの人ですか?って道行く人に聞いて回ってた。(^^) 3mあろうかという巨人が二人、普通に歩いてたり、どうなってんねん?その服っていうぐらいにこんがらがった服を着てたりと、どこから来たの?って聞いてみたくなる人ばっかりやった印象があるなぁ。この時は。上海は、ある公園で、おじいさんに喧嘩を売られ、何回もしゃべってる内に仲良くなり、家に来いというから行ったら、塀の端から端が見えないような家に住んでるおじいさんで、何者?って思うような人と3日間過ごしたりと、アクシデント満載の旅行やった。


  • 派遣社員として働いていた会社から、

  • 引き続き正社員として来ないか?と言ってもらったんだけど、俺の専門に近い商社で生きていきたかったので、お断りをさせてもらった。

     で、商社に就職。そしたら、なんと、情報技術部という商社のシステム管理をする部門に配属された。聞いてない!聞いてない!俺は、商社らしい仕事をするために、商社に入ったんや!とごねても、もう遅い。社会人の厳しさをいきなり目の当たりにする。

     でも、同僚の人、同期、先輩には、すごく恵まれた。先輩の一人にすごい先輩がいて、俺の今の土台となっている基礎を全部、彼に教わった気がする。今、思っても本当にすごい人やった。そして、同期には、生涯友人としていたいという人にも出会えたし、先輩方は、皆、俺に優しかった。やってる仕事も、結構やりがいがあって、いろいろと勉強もさせてもらった。本当に良い会社やった。


  • 一年半後に、大学時代に契約社員として働いていた

  • 会社の先輩に飲み会に誘われる。その席で、いろいろ今の仕事を聞かれて、説明したら、”じゃぁ、うちの会社でよくない?”って言われ、正式に正社員のオファーをもらう。その先輩の言葉は、当たっていて、その時の俺の仕事は、別に商社で無くて良かった。で、話は、とんとん拍子に進んで、転職。で、そのまま、今も、その外資系の会社にいる。



  • ある人のブログを読んでいて、

  • ”私の人生”ってのがあった、それを読んで、ああ、俺も書いてみようかな?って思って書いてみた。もうちょっと波乱万丈かと思ってたけど、こうやって書いてみると、普通の人生やね。ま、普通が一番!
    この先は、また10年後にでも書こうかな。いろいろと差し障りもあるので。(^^)
     あ、こんな事してんと、勉強、勉強!せなあかんことがあると、他の事に集中してまう。俺の悪い癖。(^^;)



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  • 1月があっと言う間に終わった 
    2008.02.06.Wed / 14:43 
  • 一月行く、二月逃げる、三月去る


  • なんて言うけども、この一月は、ほんまにあっと言う間やった

    なんか忙しいんよなぁ。。

    今は、もう仕事がぱっつんぱっつん。

    前と違うのは、考える仕事ばかりで、手を動かすことがほとんどなくなってきた。

    一日中、パズルを解いているようや。

    こういうの大好きなんやけど。。。

    時間と戦いながら、

    さらに皆を説得するだけの材料を用意することを前提に

    一日中、パズルを解くってのは、頭がしびれてくる

    8時ぐらいになったら、もう、ふらふら。

    で、家に帰ったら、どうでも良いテレビを見るぐらいしか出来ない


  • 2月の末にある試験を受ける


  • 9月まで、3つの試験がある

    一つ一つ試験をこなして、

    最終的には、ある試験にパスすること

    それが、今年の目標

    それが、何の試験かは、まぁ、言わぬが華(^^)

    ふらふらの頭で家に帰って、何も出来てない俺。。

    どうなることやら。


  • 今年は、忙しくなるなぁ。


  • 仕事も、私生活も、試験も、スポーツも、旅行も。

    のーんびりしたいと思ってる、今、この時が一番充実してるのかもな。

    まぁ、一つ一つこなしていきまっしょい。


  • そうそう、面白い英単語があった


  • Athlete Foot

    知ってる人は、知ってるんやろうけど、俺は知らなかった

    この前向きな名前からは、想像もつかない事


    水虫!


    確かに、アスリートの人がなるかもしれんけど。。。

    前向きすぎるやろ。。(^^)

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  • 命からがら?でも止められない止まらない 
    2008.02.05.Tue / 16:33 
  • 今週末は、サーフィンに行けた


  • しばらく、引越しや仕事で忙しくて、サーフィンに行けなさそうなので、行けて良かった

    俺の今年の目標 (New Year Resolution) は、一杯あるけど、その目標の一つに

    行けない理由が無い限り

    水曜日、金曜日の夜は、スキー

    土日は、サーフィンをする!ってのがある。


  • こっちに来て、通勤が車なので、運動をしなくなり、


  • 健康面が不安やから、こういう目標を立ててる

    今までのところ、週一回スキー、2週間に一回サーフィン

    なかなか、目標というのは、達成できないものやなぁ。。。


  • サーフィンに行ってると読むと


  • あ、シアトルって、温かいんやぁって思うかもしれない。

    でも、実際は、滅茶苦茶寒いよ。夜には、氷点下にもなる日もある

    だから、こんな具合(^^;)


    Surf Board with Snow



  • それでも、オレゴンのポイントに行くと。。。


  • 5人ぐらいは、海の上に浮かんでいた

    そう、この日の波は、結構良かった

    ただ。。。。

    ショアブレイクと呼ばれる波で、海岸ぎりぎりまで、波が立っていた

    これが、結構危険

    よーく、分かってた。でも、やってもうたんよねぇ。。。


  • 海に入る場所は、大きな岩がごろごろ


  • そこに向かって、大き目の波が打ち寄せている

    タイミングを見計らって、せーの!で、海に入る

    これが、大失敗。

    後から考えると、なんで、あんな失敗を?

    って思うけど、言い訳できない。大失敗。


  • 波がつぶれて、その波が引く時を狙って、海に飛び込む


  • そしたら、なんと。。。

    水が、そこに無かった。岩の上にボードがごちん!!!

    そして、次の波が俺とボードを巻き込む

    最低、最悪の状況。

    俺は、なすすべもなく、頭を抱えて、

    滅茶苦茶危険な中、岩に向かって砕ける波にもまれる。。。。

    あほですわ。


    でも、ラッキーなことに?波が俺をさらってくれた。

    そして、その後は、潮の流れに乗って、沖まで、一直線!

    さらに、幸いなことに、リーシュも切れずに、ボードも一緒についてきてくれた。


  • そして、落ち着いた俺は、波を待つ


  • 波がでかい。

    うーーん、多分、セットで、トリプルヘッドぐらい?

    ここ、岸から、波の場所まで遠くて、いっつも、

    波の大きさを見間違うんよなぁ。

    岸から見たら、ええぐらいの俺の身長ぐらいの高さに見えたのに。。。

    ええ加減にせんと、俺死ぬで。。。(^^;)


  • 恐怖心の為、波に乗れずに、ずーーっと、待ってる俺


  • 波が割れ始めるポジションに居ても、俺が乗れる訳も無い大きな波なので、

    皆がいる場所とは、ちょっと離れた、おすそわけのような場所で波を待つ

    これは、これで、中々波に乗れずに、やきもきしていた。

    そしたら、だんだん、割れる場所が変わってきて、俺のいる場所で割れ始めた

    あ、ちょっと沖に出ないと。。。

    沖に出て、小さめの波を待つ


  • そしたら、地元の気のよさそうなおじさんが寄ってくる


  • Hi!!! How are you doing?

    なんて、俺より、ちょっと岸側から話しかけてくる。

    ちょっと!おじさん、

    そこは、危ないよ!!!


    もうちょっと、こっちに来ないと!


    って、言ったとたんに、俺の体が、ふわーりと浮かぶ

    そう、波が来た。


    そして、俺を通り過ぎたまさにその場所から、波が割れ始める

    俺も、よそ見してる場合やない。

    必死で、安全確保の為に、沖に向かう

    (この話、このブログの読者付いて来てるかなぁ。。。(^^;))

    で、安全そうな場所にたどり着いたところで、後ろを振り返る

    波の背面しか見えない。

    あのおじさん、どこ行っただろう。。。


  • 波が通り過ぎた後に、おじさんの頭が出てくる


  • 必死で、ボードを探してる。

    おいおい!!!大丈夫かぁ!!!!!

    聞こえたようで、手を振るおじさん。

    ”手を振ってる間があったら、はよ、ボードを掴めって言う話もある。。。(^^;)”


    ボードを手にした!と思ったら、俺の体がまた浮き上がる。

    そう、次の波が来た。

    おじさん!!

    また、おじさんの手前、俺の向こうで、丁度、波が崩れ始める。。。

    そして、おじさん、また、波に巻き込まれて。。。。

    俺の視界は、波の背面に妨げられる。


  • これが、3回ぐらい続いた


  • 俺、もう、怖くなってきて、

    おじさん!!!!

    早く、こっちまで、来て!!!

    って、何回も叫んでた。


    目の前で、死にでもされたら、たまったもんやない。


  • ちょっと、波が落ち着いた


  • おじさんも、無事?ボードの上にまたがる


    おじさん!!!

    そんなところで、ボードにまたがって、休んでないで、

    こっちへこっちへ!!!

    ほんのちょっとなんだから、頑張って!!!!


    ”分かってる。ハァ。分かってる。ハァ。でも、ハァ。ちょっと。ハァ。。”

    もう、息も絶え絶え。

    そら、そうなるわなぁ。。。

    辛いの分かるけど、そこにおったら、もっと辛くなるって!!!


  • ふと、何かを感じて、沖を見たら。。。


  • 今までよりも、めちゃくちゃでかい波が、こっちに向かってきてる!!!

    しかも、今度は、俺まで、危険!

    だって、もう完全につぶれてて、このままやと、俺まで巻き込まれる

    ごめん!おじさん、俺、もう構ってられない。


    俺も、なんとかしないと!!!


  • こういう波が来たら、俺が出来ること


  • それは、もう、その波に乗る(^^;)

    ドルフィンなんて、ロングで出来るわけもなし。

    ボードをほっぽり出して、体だけもぐっても、抜けられる保障も無い

    だから、乗る。(^^)


  • 波はくずれてるし、ものすごい大きさ(俺にとって)やから


  • 立ち上がることは当然出来ない。

    ただ、ボードの後ろのほうに乗って、波に押されるのを待ってるだけ

    いつもは、そう。


    でも、この時は、違った!!!

    なんか、ボードが、ぴしっ!っと、止まって、めっちゃ安定してた

    おっ?俺、立てるかも?

    って、立ってみる。あ、俺、こんな波でも立てる!

    もう、それからは、気持ち良い!の一言。

    波の面は、落ち着いてて、簡単に横に滑る滑る

    そして、ちょっとしたターンも簡単に決まる

    うわぁ!!!これか!これを皆楽しんでるのかぁ!!!


    ちらっと横を見ると、俺の頭の上ぐらいまで、波が盛り上がってる

    この中を俺、ずっと滑る滑る

    ちょっとビデオで見たように、波を触って見たかったけど、

    怖い。この今のバランスを崩すのが怖い。。。

    結局、ただ、横に滑る滑る

    この間、どのぐらいなんだろう。。。

    でも、すっごい長く感じた。

    景色を見渡す余裕、波を見る余裕、

    そして、自分のポジションを変える余裕

    全てが、ゆっくり流れていった


    ああ、気持ち良い!!!


  • これが、調子良すぎた


  • 本当は、グーフィー(左)に滑って、砂浜に辿り着かなければいけないのに。。。

    レギュラー(右)に、ひたすら滑ってたので、

    気づいたら、最初に海に入るときに散々怖い思いをした、岩郡に向かって一直線

    さすがに、岩に衝突ってのは、手前で降りたために避けたけど。。。


  • この後が大変


  • ボードを脇に抱えて、岸に向かって泳ぐ

    そこは、そう。波が岩に打ち付けている場所

    かといって、もう一回、沖に出るのも、考え物

    しゃあないから、ひたすら、岩に向かって泳ぐ

    危ないことは、百も承知。でも、ここの岸は分かってる

    何回も、こうやって上がった。

    根拠の無い自信。


  • 足が、岩についた!


  • よし、歩ける!!!

    歩き始めたとたんに、でかい波が俺とボードを襲う

    岩に打ち付けられる俺

    もう、ボードを持ってられない

    頭は抱えてたけど、岩にどーーん!

    あいたぁ!!!

    ふとももと、わき腹を打った!

    痛い!!

    でも、そんな事言ってられへん。


    もう、必死。ボードが、ラッキーなことに横にある!

    ボードを抱えて、岩を走り登る

    そして、倒れる。

    しんどぉ!!!

    なんじゃ、これ。

    でも、生きてる。助かった。


  • ふとボードを見る


  • あああ!!!!

    三箇所も割れてる!!!

    悲しい!悲しすぎる!!!

    って、俺の怪我は、なんとも無い。

    ふとももが妙に痛いけど。。。

    まぁ、大したこと無い


  • 大変な思いをしたけど。。。


  • あの滑り続けた快感は、体が覚えてる


    ああ、サーフィンって楽しい

    今回で、また勉強になったことがある。

    次は、こんな命からがらにはならない。


  • ぱって、砂浜の方に目をやると。。。


  • あのおじさんが、ボードを奴隷のように引きずって運んでる(^^;)

    あ、おじさんも大丈夫やったんや。良かった


    車で着替えてたら、

    そのおじさんが、

    How fun, isn't it?! It was great day!

    やって。。。(^^)

    おじさんも、波にのれたのかなぁ??


  • もう、定年したかな?っていうぐらいのおじさん


  • あれだけ、波に巻き込まれて、こっちが見てて怖いぐらいやったのに

    この笑顔。もう、満面の笑み

    俺が、帰る時も、仲間達と一緒に手を振ってた


    ああ、楽しいなぁ。


    そして、生きてて良かった

    次は、もうちょっと、考えてから海に入ろうっと。(^^;)

    これを続けてたら、命がいくつあっても足りん

    もっともっと楽しみたいし、一生続けたい。体あっての物種やもんね。


  • ちなみに、サーフボードの修理代、$135 なり。。。


  • 日本に比べたら、格段に安いけど。。。でも、痛い出費や。


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